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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第3節 幸せをあげるよ [10]




 聡のやり方を非難する瑠駆真に、お前ならどうするのかと聞いた。それはそれは見事な策でも披露してくれるのかとの挑発に、彼は涼しげに笑った。
「あぁ もちろんだ」
 何をするつもりだと問えば、企業秘密だとはぐらかされた。
「くそっ」
 嫌味か。
 こんな展開になるとは思わなかった。緩を手玉に取って美鶴の謹慎を自分の手で解いてやるつもりだった。自分の手で、美鶴を救ってやりたかった。その時に訪れるであろう瑠駆真への優越感も、それなりに楽しみにはしていた。
 原因は廿楽の我侭恋慕だ。相手は瑠駆真だ。この事件、非常に間接的にではあるが、瑠駆真も原因の一つではある。圧倒的に自分の方が有利だと思っていた。常日頃から自分を見下す瑠駆真への強烈な反撃になると思っていた。
 なのに、予想以上に緩は抵抗し、瑠駆真には美鶴の謹慎を解除する上策が用意されていると言われた。
「ちっ」
 またしても、俺は脇役か。
 澤村優輝に捕らえられた美鶴。助け出したのは霞流慎二だ。自分ではない。そして今回、美鶴を救うのは瑠駆真だと言うのか?
 四月。くだらない数学教師の姑息(こそく)な犯罪から美鶴を助け出したのは聡と瑠駆真だ。あの時は、聡だけでも瑠駆真だけでも見つける事はできなかった。それどころか、美鶴を危険に晒した原因は自分にもある。そもそも、聡から逃げようと家を飛び出したりなどしなければ、美鶴は駅舎で首を吊られる危険には追い込まれなかった。
 自分は、美鶴の害にはなれど、力にはなれないと言うのか。
 そうは思いたくなくて、聡はどうしても自分の手で美鶴の謹慎を解いてやりたかった。瑠駆真などに手柄は取られたくはなかった。
 それがどうして――――っ!

「僕の策が失敗したアカツキには、思う存分笑えばいい」

「笑ってやるさ」
 そう呟くものの、それが強がりだという事は、聡自身にもわかる。
 瑠駆真は絶対に失敗はしない。あの自信に満ち溢れた、どことなく決意をも込めた声と瞳が、聡の脳裏に焼きついている。
 何をするつもりかはわからない。だが瑠駆真はきっと、失敗はしない。なぜならば、瑠駆真は自分よりも頭が良くて、自分よりも冷静で、自分よりも上手に物事を運ぶから。
「くそっ!」
 声を吐き出し、自室へ向かおうと足を動かすと同時、玄関の開く音。
 義父か? それとも母か?
 会いたくないと思い、足早に自室へ向かおうとして、一瞬その足を止めてしまった。
 階下から響く携帯の着信音。
 緩か。
 どのみち会いたくない相手だ。
 再び足を動かす。
「もしもし」
 会話しながら階段を昇る足音。自室の扉に手をかける聡。このタイミングなら出会う危険はない。
「はい、金本です」
 聡へは絶対に向けることのない、なんともしおらし気な声。
 ヘドが出る。
 聡は自室の扉を開いた。
「え? 廿楽先輩が?」
 聡は、扉を開けたまま、その手を止めてしまった。
 廿楽という言葉もそうだが、その口調に思わずチラリと背後を振り返る。義妹は、階段の途中で歩を止めてしまっている。
「そんなっ」
 なにやら尋常ではない。肩越しに見つめる先で、緩がゆっくりと残りの階段を昇り始めた。
「そんな、まさか」
 片手で口を抑えながら話しているようだ。聞き取り難いが、動揺しているのはわかる。
 このままでは、二人は鉢合わせする。
 俺には関係ない。
 無理矢理言い聞かせ、胸に湧く好奇心を押し込め自室に入ろうとした。
「廿楽先輩が自殺だなんて」
 結局聡は、部屋に入る事ができなかった。それどころか、半分押し込めた身体を、再び廊下へ引き戻す。
「はい、わかりました。いつでも構いませんから」
 どことなく震えているような声で緩はそう答え、携帯を切った。そうして、自室の入り口でこちらを見ている義兄と目が合った。
「お、お兄さん」
 切った携帯を宙ぶらりんと手に握ったまま、思わぬ相手にそれ以上の声も出ないようだ。
「自殺って、何だ?」
「っ! 聞いていましたの?」
 動揺しながらも必死に平常心を保とうとする振る舞いが、口調をきつくする。
「自殺? あの廿楽が?」
「お兄さんには関係ありません」
 視線を合わさぬよう床に落し、自室へ入ろうとするのを引き戻される。
「何があった?」
 壁に追い込まれた。このような事が前にもあった。確か、その時にも緩は携帯で話をしていた。相手は廿楽だった。
 立ち聞きするつもりはなかったが、緩には立ち聞きだと咎められた。その時、廿楽の恋心を知った。
 あのような、一方的に押し付けるかのような感情を恋と表現するならばの話だが。
「何があったんだ?」
「関係ありません」
「何か、あったんだな?」







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